ミセルチカラの磨き方
「管理責任って何ですか?」に感じた違和感
心意気を形にするコトノハ職人、岩井洋美です。

今週の日曜日は「母の日」でしたね。
今年は母の日と私の誕生日が重なりました。
ノロウイルス感染から回復途中の私の母が、おいしそうにエビフライを食べている姿にほっこりすると同時に「母が私の母になった日」というお祝いができたことに感謝が溢れました。
「管理責任って何ですか?」
この質問というか疑問は、どんなときに出てくるものでしょうか?
例えば、管理職になったばかりの人向けの研修の場での「質問」とか、管理職向けに経営者が投げかける「問い」とか。そういうシチュエーションは想像できると思います。
でも、これが組織のトップの発言だとしたらどうでしょう?
「管理責任も分からないのか?」という逆質問に変わりませんか?
トップの発言であるなら「この人ふざけてるのか?」と思ってしまいます。
社長でも部長でも課長でも、「〇長」と名のつく役割の人には、当然のことながら「管理責任」というものがあるわけでが、「管理責任」を改めて考えてみたいと思います。
「管理責任」について調べたとき、AIはこう答えました。
管理責任とは、組織や資産(建物、車両、廃棄物など)の適正な維持・運用、および部下の業務遂行に対する監督義務と、その結果に対する責任を指します。
まぁ、文章で説明するとその通りではあります。
「適性な維持・運用」という言い方をしていますが、実際にはそうするために「何をどうするのか」を決めて、判断し実行するというところに「管理」が含まれるわけです。
ところが、本来の「管理」とは違う理解をする人もいます。
例えば、チームの目標達成のために改善を図ったり、調整を行ったりというのは、本来の「管理」が意味するところです。
でも、ただ状態をチェックするだけなら、それは「管理」ではなく、「監視」です。何か問題が起こったときに、いつ誰がやったかのチェックだけをするなら、状態のチェックにもなりません。「監視」以下です。
「管理責任って何ですか?」と言った人は、まさに「監視」タイプです。
何かあったとき、それが悪いことなら当事者のせい。良いことなら自分の手柄。こういう管理職の元では働きたくないと思ってしまいます。
担う責任の重さから「管理職になりたくない」という人も多い時代です。
役割が「管理」ではなく「監視」にすり替わってしまったら、責任の重さも種類も違ってきますからますます「やりたくない」になりそうです。
ただこのすり替わりは、単に言葉の理解や解釈の問題ではありません。
本来、人や組織をより良くするための「管理」が、いつの間にか「監視」にズレてしまっているということ。
でも、「監視」では人は育ちません。安心も信頼も生まれません。むしろ、責任を避けることや、問題を起こさないことばかりに意識が向いてしまう。そんな場面が、今とても増えているように感じます。
本来は、人や組織を守るための「管理」だったはずなのに。
何でズレちゃうんでしょうね。
それでは、今日も1日お元気で。
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