ミセルチカラの磨き方
世界観の正体は「価値観の一貫性」だった
心意気を形にするコトノハ職人、岩井洋美です。

先週末からの3連休はびっくりするぐらいの春の陽気でしたね。
そして、「春一番」もすごかった!
風にあおられて身体を持って行かれる子供の姿も目にしましたよ。私もまともに目をあけて歩けませんでした。
春を目前に初めて吹く南寄りの強風を「春一番」って言葉にしたのは美しいと思いますけれど、春から一転、また冬の寒さです。
今日も「世界観」の話を続けようと思います。
世界観について詳しく知りたい方は「こちら」もご覧くださいね。
私は「世界観」というものは自分の中にある基準や一貫性だから、「自分の内側から立ち上がって、にじみ出るもの」と思っています。
でも、それに相反して「世界観は設計するものでしょ?」とか「世界観は演出するものでしょ?」と思う人だっているかもしれません。
例えば、ブランドの世界観はどうでしょう?
「ロゴ」ひとつとってみても、デザインがあって、使われる色やフォントがあります。使われる写真のトーンやコピーからも「企業の独自性」があるものです。
そして創業ストーリーや商品開発ストーリー、発信内容にも「企業の軸」を感じるもの。
そう、確かにブランドは設計しています。全部設計している!
でも、ここでよく考えてください。
世界観が「好き」と言われるブランドは、設計が上手いから好きなんじゃありません。「設計と中身が一致しているから好き」ということです。
ここは「世界観」を考える上で、忘れてはいけないポイントだと思っています。
設計と中身がズレると、なんか薄いと思ったり、なんか違うと思ったり。なんか作ってる感じがする、なんかマーケティング臭いと感じてしまいます。
つまり、設計は「見せ方の統一性」、世界観は「在り方の一貫性」と言えます。
では、「結局のところ世界観は設計するの?しないの?」というモヤモヤをはっきりさせましょう。
「世界観」の正体は「価値観の一貫性」です。
その一貫性を「崩さずに見せること」が設計の役割。世界観は「にじみ出る」なら、それをにじませる器はいかようにも「整えられる」ということです。
例えば、絵で考えてみるのはどうでしょうか?
同じ「花」を描いたとして、淡い光で描く、モノクロで描く、夢の中のように歪ませる、古い写真のようにする。それぞれ違った描き方ですから、違った画材も必要になるはず。
でも画材を決めるだけでは世界観にはなりません。その人が何を美しいと思ってどう表現したいのかがにじみ出て初めて、「世界観」として認識されるからです。
例えば、あるブランドが「創業者が苦労して立ち上げました」という感動ストーリーを語ったとします。
でも、なんだか発信はいつもブレブレで、メッセージが毎回違う上に、価格も一貫性がない。だとしたら、それはストーリーはあるけど、世界観はないということになります。
逆に、ストーリーを大きく語っていなくても、言葉のトーンが一貫しているのはどうでしょう?
企業として価値判断がブレていないことが感じられるのはどうでしょう?
何をやらないかが明確で、利益より優先する基準があるとしたらどうでしょう?
ストーリーは無くても、「世界観」は立ち上がります。
先週「ストーリーを語る」こととの違いをお伝えしました。
まだ読んでない方はこちらもぜひ。
↓ ↓ ↓
「世界観」って何か特別な人とか有名企業だけのものではありません。「世界観」が無い人なんていないんですから。
それに大きいとか小さいとかもありません。もちろん、優劣もありません。
もしも、「世界観なんて無い」と思っている人がいたら、そこは訂正させてもらいます。
世界観が無いのではなく、目に見える形にしていないだけ。今は世界観を語る言葉、伝える言葉になっていないだけです。
ここのところ「世界観」についていろいろお伝えしていますが、今週見た占いにこんなことが書いてありました。
「自分の世界観を広げていきたいという気持ちも同時にやってきている」なんか笑っちゃいました~。
では、今日も1日お元気で。
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