ミセルチカラの磨き方
「静かな退職」の奥にあった、本当の違和感
心意気を形にするコトノハ職人、岩井洋美です。

5月の連休が終わると、「退職者が増える」ことが話題になります。
主に4月に入社した人の話でしょうが、やっと一人前になった人たちにもあるようです。
退職する理由は様々あるにしても、「退職」は新しい道に進む選択。でも今は「静かな退職者」という選択をする人も増えているそう。
会社を辞めないし、やりがいも昇進も求めない。決められた業務だけを淡々とこなす働き方を選ぶ人のことです。仕事よりも自分の健康やプライベートの充実を優先する生き方を「静かな退職者」と言うようです。
先日、まさに「決められた業務を淡々とこなしている」という若者と話す機会がありました。ただそれは、プライベートを優先したいということではありませんでした。
「今やっていること以上に責任ある仕事はやってないから」と言います。いわゆる「静かな退職者」は、責任ある仕事を望まないわけですが、どうも彼は違うようです。
さらに彼の言葉は続きます。「自分はヤバいやつだから」
今の時代は「ヤバい」という言葉を、いろいろな意味で使うので、どんな意味で言っているのかが分からなかったのですが、「自分はまったく人と同じ考えや意見を持てないから」ということのようでした。
「自分と同じ考え方をする人に会ったことがない」とまで言う彼。
今ならそれを「個性」と言うようにも思います。特に「みんな同じが良い」「右に倣え」の昭和世代にしてみれば、「違い」は良いこと、尊いことだと思ったりもします。
一方、平成に育っている彼は「個性を大事にする」という教育の中で生きてきています。だから、他人と同じである必要はないとは思っているわけです。
それなのに、「人と同じじゃないことを分からないようにしています」と言う彼。つまり、本来の自分を消して生きているということです。
「人と違っていい」「個性を大事に」と言われていても、その発揮の仕方、その活かし方までは分からない。違うことによる人との軋轢を避けるために、彼は「覆い隠すこと」「装うこと」を選んだようです。
彼がそんな生き方を選ばなければいけないというのは、もったいない限りです。
最近はあまり使われなくなった言葉ですが、彼は「気骨のある人」という印象。彼の言葉の端々から感じ取ることができました。
自分の個性は「特別」で、時に「特殊」とも言われた昭和世代。個性は「あって当たり前」の平成世代。
ベースは違っていても、ここに共通点はあります。
「どうやって活かすか」というところの考え方が分かっていないということ。
私は「個性」とか「自分らしさ」という言い方が曖昧だと思っているのであえて使いませんが、いずれにしても「丸ごとの自分」の持てる力を発揮できていません。
「丸ごとの自分」で生きるためには、考え方はもちろん、その人自身の感情もセットされています。
私の言い方で言うなら、自分自身にしかないその「感情と思考の構造」を知らないと「丸ごとの自分」でいられないということになります。
彼だって、本当は「人と違うこと」が苦しいのではなく、その違いをどう扱えばいいのか分からないことの方が苦しいのかもしれません。「個性を大事に」と言われる時代になっても、「丸ごとの自分」の扱い方までは、誰も教えてくれないから。
だからこそ必要なのは、自分自身の「感情と思考の構造」を知ること。自分を消して生きるのではなく、自分の力が自然に発揮される場所や使い方を知ることなのだと思います。
「知っているだけで楽に生きられるのに…」という気持ちが渦巻いている私に彼が言いました。
「また時間があるときに話を…」
そのあとに続くのは「…したい」なのか、「…聞いてください」なのか分かりませんが、「こういう話を誰かにしたことがない」と言った彼にとって何か感じることがあったのだと思います。
「静かな退職」の奥にあるのは、「やる気がない」の一言では片づかないものなのです。
それでは、今日も1日お元気で。
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