ミセルチカラの磨き方
「おいしい」は、言葉にしてはじめて存在する
心意気を形にするコトノハ職人、岩井洋美です。

春の味覚のひとつと言えば、たけのこ。
先日掘りたてのたけのこをいただいたので、即効茹で処理。たけのこ入りつくねバーグとたけのこご飯にして美味しく食べました。旬のものは格別ですね。
さて、この「おいしい」ですけれど、日頃から「おいしい」と感じたときにちゃんと言葉にしているでしょうか?
「おいしい」というのは、ただ味の評価だと思っていませんか?
先月ノロウィルスに感染した私の母は、今もまだ味覚が弱いままで食べることにも苦労しています。
でも、そんな母の味覚センサーが唯一働くものがあるんです。
「カフェオレ」です。
このカフェオレ、何も特別なものではなくて、いつでも買えるペットボトル飲料です。
ノロウイルスで入院する前からずっと好んで飲んでいるもの。
母に聞いてみました。
「前と今とカフェオレの味は違うの?」って。
答えは一緒。変わらずに「おいしい」ようです。
現にこのカフェオレを飲んだときには、お風呂上がりのビールのように「プハー」ってかんじですから。
味覚が弱くなっている母にとっての「おいしい」は、記憶と結びついた「おいしい」でもあります。
そして母が「おいしい」を言葉にすることで今を生きていることを共有することにもなっています。
「感じていても言葉にしなければ伝わらない」
「言葉になっていなければ相手に届かない」
といつもお伝えしていますが、「おいしい」ひとつとっても同じことが言えます。
ただ自分の好みの味だったときだけに「おいしい」と言う人はかなりいると思います。夫もそうですが(笑)、これは単に味の評価としての「おいしい」です。
でも、私の「おいしい」はちょっと違います。
「誰かと一緒に食べたら何でもおいしい」という味以外の意味も含まれています。これは常にそう言っていた母の影響です。
「おいしい」と言葉にすることで、そこに関係性もつくっていると言えます。
たかが「おいしい」ですが、されど「おいしい」です。
「おいしい」は、ただ感じるものじゃなくて、言葉にしてこそ成立するものだと思うんです。
もっと言っちゃうと、「おいしい」は言わないと存在しない!
私が言語化に力を入れているのは、感じているだけ、思っているだけでは足りないからです。言語化して初めて、それが現実をつくる行為になるからです。
「おいしい」に意味があるようにビジネスを通してお客様に伝えたいことの意味は、言葉にしないと共有されません。言葉にするからこそ、誰かと共有できるんですから。
実は母に味覚が無くなっていることに気づいたのも、この「カフェオレ」がきっかけでした。好きなはずのものを口にしたときに、嫌な顔をして「おいしい」って言えなかったからです。
おいしい香り、おいしい味、おいしいを感じる空気。
今日のあなたの「おいしい」は何でしょうか?
五感をフルに使って「おいしい」と声にしてみてください。そして、誰かと共有してみてください。
感じることを言葉にして伝えるというのは、「生きる力につながる」大事なことですから。
それでは、今日も1日お元気で。
★関連する記事は「必要なのは『言葉にすること』ではなく『芯のある言葉』」
「言語化」と言ってしまうのは簡単ですけれど、その人自身の感情や思考や、その会社に息づいているものが言葉の芯になって初めて「言語化」できるんです。
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