ミセルチカラの磨き方
「AIが進化した景色に、人間はいますか?」 ―「最新AI」と「人類滅亡論」に共通するもの
心意気を形にするコトノハ職人、岩井洋美です。

今週の初めは、久しぶりに太陽を実感した気分になりました。
厳しい暑さが続くと「日差しがジリジリする~」と言いますし、雨ばかりになると「日差しが欲しい~」と言いますし。
まぁ、勝手なものです。
最近、AIについてのニュースが話題になっています。
私が気になったひとつは、OpenAIが最新モデル「GPT-6 Astra」への需要急増を受けて、ChatGPTの最上位プランの新規受付を一時停止したという話。
Astraへの需要が想定以上に大きかったことが理由です。
もうひとつはAIが進化し過ぎて人間がコントロールできなくなるという話。
より高度なAI開発に携わってきた人が、このまま開発が進めば、「人類を滅亡させるかもしれない」とまで言っています。AI開発企業からも、開発のペースを落とす必要性を訴える声が出る一方、国や企業の開発競争をどうするのかという話にまで発展しています。
私は大きな話に目を向けたというより、
「へぇ~、最新モデルへの需要が想定以上?そんなに高度なAIを必要としている人がいるの?」
最初にこんな疑問がわいてきました。
Astraは、高度な推論やコーディング、コンピューター操作などに大きな進化がある最新モデルです。研究者とか開発者とか、高度な専門職の人に必要なものだと想像できます。
言ってみれば「特殊で特別なもの」の需要が想定以上なわけです。「最新=いちばん賢い=これを使った方がいい」と思う人が相当数いるのではないかとも考えられます。
「人類滅亡説」の方といえば、早晩AIが人間の制御を超えるから、開発スピードを上げ過ぎてはいけないと警鐘を鳴らしているわけです。
フツーにAIを使っている日常からはかけ離れたかんじがしないでもありません。
この二つの話、一見正反対のことのように見えます。
- 「もっと賢いAIが出た!」 →「 使いたい・追いつきたい」
- 「AIが賢くなりすぎる! 」→ 「怖い・人類が滅亡するかも」
でも、「AIの進化」を中心にして、人間の立ち位置を決めているということでは同じです。
もちろん、「最新AIなんていらない」とか「人類滅亡論はおかしい」なんてことは思いません。必要な人には最新モデルが要るわけですし、AIのリスクを考えることも必要ですから。
ここで一つ忘れてはいけないと思うのは、「最新・高性能」にしたのは人間だということ。
「AIの進化」で言うなら、人間に合わせて進化してきたわけです。
そして、多くの人がより賢いものを「使いたい」「使わなきゃ」となると、人間がAIに合わせて走っているようにも見えます。
AIが勝手にここまで来たわけじゃありません。
人間が「もっと便利に」「もっと賢く」「もっとできるように」とした結果、AIが想像以上に進化した。
そうなった途端、「人間はどうなる?」と今度はAI側だけを見始めています。
ここのところずっとお伝えしていることではありますが、「AIの進化」というのはただの「点」です。
「高機能、高性能になった」という「景色」の中では、人間はその景色の中に一緒にいます。
でも、「高機能、高性能になり過ぎた」という「景色」の中では、まるで外からの傍観者になっています。
AIがどこまで進化してどうなるかを見る前に、「その景色の中で人間はどこに立っているんだろう」と立ち止まらないと、ただただ振り回されます。
「最新」という「モノ」や「情報」にです。
AIがどこまで進化するのか。
それを追いかけることも必要なのかもしれません。
でも、その前に一度、AIだけを見るのをやめてみる。
「その景色の中で、自分はどこに立っているんだろう」
AIが進化している今だからこそ、人間の立ち位置を決めるのは、AIではなく人間の側なのだと思います。
それでは、今日も1日お元気で。
★関連する記事は「問題を解決する前に「景色を見る」」
問題を解決するために必要なのは、目の前の桜をもっと詳しく調べることではなく、一度顔を上げて、景色を見ることなのかもしれません。
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