ミセルチカラの磨き方

2026/06/11

解像度の低い組織で起きること

カテゴリー :プロファイリング

心意気を形にするコトノハ職人、岩井洋美です。

「雑」の正体

梅雨に入ってジメジメしたお天気が続いています。

そんな中、早くもアジサイがあちらこちらで満開です。

思わず写真に…ということもあるかもしれません。

 

以前はわざわざ「デジカメ」で撮影していたものも、今は手持ちのスマホですから簡単です。

AIを使えば高画質にもできますし、補正だって思い通り。解像度はいくらでも上げられるわけです。

だから「画像が荒い!」なんてことを言わなくなりました。

 

美しい景色なら、目に見える美しさを残そうと思います。写真のように目で見て分かるものは、より鮮明さを求めるわけです。

でも、目に見えないものは?

例えば、誰かの頭の中で描いている景色はどうでしょうか?

それはお客様が描く景色でも、社員が描く景色でも同じです。

 

目の前に起こっている問題を解決したい。

今抱えている困りごとをなんとかしたい。

このとき、お客様にしろ、社員にしろ、頭の中にどんな景色を描いているか考えたことがありますか?

 

「解決できている景色」を考えるのだとすると、目の前の現象をなんとかしようとします。

一時的であっても問題や課題を解決できたとしたら、その景色に安心することはできますが、同じようことが繰り返し起こります。

私は、この繰り返しは「相手の現実への解像度が低い」ために起こると思っています。

 

それでは、「解決できている景色」だけではなく、「現象を生み出している景色」を考えるとしたらどうでしょう?

この景色、原因追及だけでも、解決策の羅列だけでも見えません。

何を言ったか。何を言わなかったか。

どこに時間を使っているか。何を繰り返しているか。

どこで話が止まるか。何に反応するか。

解像度を上げなければ、見えてこないわけです。

 

解像度を上げるということは、お客様にしろ、社員にしろ、「困っている」と口にして言っていることではなく、「本当に困っていること」を探すことになります。

写真と違ってAIは使えないのに、どうやって? 

 

相手の現実への解像度を上げるためには、相手がどこに立っているかを想像することしかありません。

その想像力が無いというのは、「画像が荒いまま」と同じ。私の言葉で言うなら、「雑」です。

 

「雑」と言ってしまうと、文章が雑とか、説明が少ないとか、確認してないとか、作業が粗いとか、考えが浅いとか…。

そういうことを思われるかもしれませんが、違います。

「雑」というのは、相手を下げるための言葉ではありません。相手の頭の中を想定していない、想いが至っていないという状態のことです。

 

それは「相手の立場に立って」とか、「感情に共感して」とか、「想いを理解して」という教科書的な当たり前のこと以前の問題。「相手の何に心を向けているのか」ということ。

それによって見る景色の解像度は上げることも出来るし、粗いままにもできます。

本当に解像度を上げるべきなのは、問題そのものではなく、その問題を生み出している「人の現実」です。

 

相手の現実への解像度が上がれば、見える景色が変わります。

見える景色が変われば、言葉も、判断も、行動も変わります。

そして、その積み重ねが、関係をつくり、文化をつくり、組織そのものをつくっていくのだと思うのです。

 

私の感覚で言うなら、「雑」の反対は「丁寧」ではありません。本質を見つけるための「想像力の発揮」です。

解像度は写真だけじゃないんです。

それでは、今日も1日お元気で。

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