知恵の和ノート
会社にある「1」をなくす|一人依存から抜け出す業務の仕組み化(第646話)
会社の中にある「1」は、平常時には見えにくくても、失われた瞬間に経営を止めます。記憶を記録に変え、「1を2」にする仕組みを今から整えましょう。

販売先が1社だけ、仕入先が1社だけ、重要な仕事を理解している社員が1人だけ。このように、会社の中に存在する「1」は、中小企業の経営を不安定にする大きなリスクです。
特定の取引先や社員に依存した状態では、取引の終了や担当者の病気・退職をきっかけに、売上が減少したり、業務が止まったりする可能性があります。特に、仕事の進め方や重要な情報が担当者の頭の中にしかない「属人化」は、早めに対策を講じなければなりません。
もちろん、新しい販売先や仕入先を短期間で増やすのは簡単ではありません。しかし、社内業務の一人依存については、記録を残し、サブ担当者を育てることで、今日から改善を始められます。
会社にある「1」を棚卸しし、優先順位をつけて「1から2」に変えていく。今回は、仕事を特定の社員に依存するリスクと、業務を止めないバックアップ体制のつくり方について解説します。
会社の中にある「1」は経営上のリスクになる
私はクライアントの経営者に、いつも次のようにお伝えしています。
「会社の中にある『1』を、できる限りなくしましょう」
例えば、次のような状態です。
- 販売先が1社しかない
- 重要な商品を仕入れられる取引先が1社しかない
- 特定の技術を理解している社員が1人しかいない
- 経理や財務を把握している人が1人しかいない
- 重要な顧客情報を持っている営業担当者が1人しかいない
平常時には、それほど大きな問題に見えないかもしれません。しかし、その1社との取引が終了したり、唯一仕事を理解している社員が突然休んだりすると、途端に会社の仕事が回らなくなる恐れがあります。
経営が安定しているように見えても、実際には1社や1人によって支えられているのであれば、その状態は決して盤石とは言えません。「1」が「0」になった瞬間に、会社の弱点が一気に表面化するからです。
販売先や仕入先の一社依存はすぐには解消できない
会社にある「1」を複数にすることは重要ですが、すべてを短期間で改善できるわけではありません。
特に、販売先や仕入先の新規開拓には、ある程度の時間がかかります。
こちらが取引したいと思っても、相手にも事情があります。価格や品質、納期、取引量、支払条件などを確認し、双方が納得できる条件を整えなければなりません。
以前、あるクライアントが売上原価を下げるために、新しい仕入先を開拓しました。
そこで私が、「できれば、もう1社確保できませんか」とお話ししたところ、経営者から次のような答えが返ってきました。
「開拓したいのはやまやまですが、この価格で、当社が求める品質を満たせる仕入先はすぐには見つかりません」
これは、もっともな話です。
取引先を増やす必要性を理解していても、価格と品質の両方を満たす相手が簡単に見つかるとは限りません。だからこそ、販売先や仕入先の一社依存については、中長期的な経営課題として計画的に取り組む必要があります。
社内業務の一人依存は今日から改善できる
販売先や仕入先を増やすには時間がかかります。
一方で、「その仕事を分かっているのが社内に1人しかいない」という問題は、今日からでも改善を始められます。
現時点で実際にその仕事を担当しているのが1人だけだったとしても、次の状態が整っていれば、一人依存のリスクは軽減できます。
- 仕事の手順や注意点が社内に記録されている
- 必要な書類やデータの保管場所が共有されている
- サブ担当者が基本的な仕事を理解している
- 担当者が不在でも、最低限の対応ができる
重要なのは、担当者の人数だけではありません。仕事に必要な情報が会社に残され、別の社員が引き継げる状態になっているかどうかです。
属人化した仕事は会社の資産にならない
中小企業では、仕事のやり方や判断基準が、担当者の頭の中だけにあることが少なくありません。
長年同じ仕事を担当している社員ほど、経験や勘で効率よく業務を進めています。
本人が仕事をしている間は、それでも大きな問題は起きません。しかし、その人が休職したり退職したりすると、周囲の社員は、どこから手をつければよいのか分からなくなります。
どれほど優れたノウハウであっても、本人の頭の中にしかない状態では、会社として活用できる資産にはなっていません。
個人の経験を、記録や教育を通じて会社の共有財産に変えることが、業務の仕組み化につながります。
担当者の突然の不在で銀行取引が止まった事例
私が起業した当初に取引していた会社では、経理や財務の仕事を、社長が信頼する一人の担当者にほぼ任せていました。
その方は仕事ができる優秀な人でしたが、残念ながら若くして突然亡くなられました。
すると、社内は大きく混乱しました。通帳や印鑑、キャッシュカードなどを、その方が一元的に管理していたからです。
銀行口座にお金は入っているものの、社長自身が、
「どの印鑑を使えばよいのか」
「キャッシュカードの暗証番号は何番なのか」
といった基本的な情報を把握していませんでした。
お金があっても、必要な情報が分からなければ、通常の銀行取引を行えません。
そこで私がサポートに入り、銀行取引に必要な情報を一つずつ整理し、社内に記録として残しました。その結果、後から入社したアルバイト社員に、亡くなった担当者が行っていた仕事の一部を引き継いでもらうことができました。
この事例は特殊に見えるかもしれません。
確かに、担当者が突然亡くなるケースは、それほど多くはないでしょう。しかし、病気による長期休職、家庭の事情による欠勤、突然の退職などは、どの会社でも十分に起こり得ます。
「その人がいなくなることはない」という前提で会社を運営するのは、経営上のリスクが高いのです。
属人化を解消する3つのバックアップ対策
一人依存から抜け出すために、いきなり大がかりな業務改革を行う必要はありません。
まずは、次の3つから取り組むことが現実的です。
1.記憶に頼らず記録に頼る
一人依存を解消するうえで、最初に取り組みたいのが、仕事に関する記録を残すことです。
担当者しか分からない仕事について、次のような情報を整理します。
- 仕事を始める時期やタイミング
- 具体的な作業手順
- 必要な書類やデータ
- 取引先や関係者の連絡先
- ミスが起きやすいポイント
- 判断に迷った場合の基準
- 問題が起きたときの相談先
その際、最初から完璧なマニュアルを作ろうとしないことが大切です。完璧さを求めると、作成に時間がかかり、結局何も記録されないままになることがあります。
まずは、絶対に外せない手順や重要な注意事項だけでも構いません。何もない状態から仕事を再現するのと、簡単な記録が残っている状態から引き継ぐのとでは、大きな違いがあります。
文章を書くことが苦手な社員には、動画や音声で記録してもらう方法もあります。スマートフォンで実際の作業を撮影したり、注意点を口頭で説明して録音したりすれば、記録を残すハードルを下げられます。
大切なのは、立派なマニュアルを作ることではなく、担当者以外の人が仕事を再現できる情報を残すことです。
2.サブ担当者を決めて日頃から仕事を任せる
記録を残すだけでは、十分とは言えません。
実際に仕事を経験した社員がいなければ、担当者が急に不在になった際、記録を読んでもすぐには対応できないことがあるからです。
そこで、重要な仕事については、サブ担当者を決めておく必要があります。メイン担当者が休んだときだけ代わりに仕事をするのではなく、日頃から仕事の一部を任せることがポイントです。
例えば、月に1回はサブ担当者が作業を行う、定期的に担当業務を交代する、メイン担当者と一緒に取引先への対応を行うといった方法があります。
目指したいのは、一人の社員が一つの仕事しかできない状態ではありません。一人二役、できれば一人三役を担えるように、複数の社員が複数の仕事を理解している体制をつくることです。
それによって、誰かが不在になっても、会社全体でカバーしやすくなります。
3.社長が穴埋めする前提をやめる
社長の中には、「社員ができなくなったら、最終的には自分が対応すればよい」と考えている方もいます。
確かに、会社全体の仕事を理解している優秀な経営者であれば、緊急時に問題を収束させることはできるかもしれません。しかし、社長が現場の仕事を穴埋めしている間は、本来取り組むべき経営の仕事が後回しになります。
新規顧客の開拓、商品やサービスの改善、社員の育成、資金繰りの確認、中長期的な経営戦略の検討などに使う時間が減ってしまいます。
一人の社員が抜けるたびに社長が現場へ戻る会社では、会社の成長が社長の時間によって制限されます。
社長が何とかすることをバックアップ体制と考えるのではなく、社員同士で仕事を補完できる仕組みをつくることが必要です。
社内の「1」を棚卸しして「1から2」へ変える
一人依存の解消は、現在の状況を把握することから始まります。
まずは、社内に存在する「1」を棚卸ししてみましょう。
- 一人しかできない仕事はないか
- 一人しか知らない情報はないか
- 一社からしか仕入れられない商品はないか
- 一社に売上が集中していないか
- 一人しか連絡先を知らない取引先はないか
- 社長しか判断できない業務はないか
すべてを一度に改善しようとする必要はありません。
「1」が「0」になったとき、会社への影響が大きいものから優先順位をつけます。そして、記録を残す、サブ担当者を決める、仕事を一部任せるなど、できることから「1を2」に変えていきます。
最初から、誰もが同じレベルで仕事をできる状態を目指す必要もありません。
担当者が不在でも、最低限の対応ができる状態をつくるだけで、経営上のリスクは大きく下がります。
頼れる先が複数ある会社が長く生き残る
サッカーのワールドカップで優勝を目指すチームには、レギュラー選手だけでなく、状況に応じて出場できるバックアップの選手が必要です。
どれほど優秀な選手でも、すべての試合に万全な状態で出場できるとは限りません。
会社経営も同じです。
しかも、会社経営は4年に一度開催される大会よりも、はるかに長い期間にわたって続きます。その間には、社員の退職や病気、取引先との契約終了、仕入価格の上昇、経営環境の変化など、さまざまな出来事が起こります。
一人や一社に依存した会社は、変化が起きたときに大きく揺らぎます。
一方で、仕事の記録があり、複数の社員が業務を理解し、販売先や仕入先についても選択肢を持つ会社は、環境の変化にも対応できます。
まずは、社内にある「1」を見つけること。そして、会社への影響が大きいものから順番に「1から2」へ変えていくこと。
頼れる人、頼れる取引先、頼れる仕組みが複数ある会社が、長期戦となる会社経営を生き残ります。
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社長しかできない仕事を放置する会社は、いずれ止まる。仕事を分解し、「1」のリスクをなくすことが成長の第一歩である。
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