知恵の和ノート
社員が自分で判断できる会社は、マニュアルの作り方が違う(第643話)
社員からの質問が減らない原因は、手順不足ではなく判断基準の共有不足にある。マニュアルは、社長の考えを現場に届ける道具である。

「社員が自分で考えて動いてくれない」
「同じような質問が何度も社長や上司に上がってくる」
中小企業の現場では、このような悩みが少なくありません。その原因の一つは、マニュアルがないことではなく、仕事の目的や判断基準が社内で共有されていないことにあります。
マニュアル作成は、単なる手順の整理ではありません。属人的な仕事を見直し、社員が自分で判断できる会社に近づくための重要な仕組みづくりです。
マニュアル作成が進まない会社に多い誤解
「マニュアルを作りましょう」
とお伝えすると、時々このような返事が返ってきます。
「ウチは個別に対応する仕事が多いので、マニュアルを作るのは難しいです」
たしかに、中小企業の仕事は一つひとつの案件に合わせた個別対応が多くなりがちです。お客様によって要望も違いますし、取引先ごとに注意すべき点もあります。
しかし、私はこのような返事を聞くと、口には出しませんが、心の中では少し違う解釈をしています。
「面倒くさいから、マニュアルは作りたくないです」
もちろん、本当にすべてを細かくマニュアル化しようとすれば、大きな負担になります。個別対応が多い仕事を細かく分類し、例外まで全部書き出そうとすれば、作成に時間がかかる割に、現場では使いにくいマニュアルになってしまうこともあります。
けれども、マニュアル作成の目的を「情報共有」だけに限定して考えると、本来の価値を見落としてしまいます。
マニュアル作成の本当の目的は情報共有だけではない
マニュアルを作成する主な目的は、次の三つです。
- 社内で情報を共有すること
- 仕事のやり方を見直すきっかけにすること
- 仕事の判断基準を明確にすること
多くの会社では、マニュアルというと「手順をまとめたもの」と考えます。もちろん、業務の手順を整理することは大切です。
しかし、それだけでは不十分です。なぜなら、手順だけを並べたマニュアルでは、マニュアルに書かれていないケースが出てきた時に、社員が自分で判断できないからです。
「これはマニュアルに書いていないので、どうしたら良いですか?」
このような質問が社長や上司に集中するようでは、マニュアルを作っても、現場の自走にはつながりません。
中小企業に必要なのは、単なる作業手順書ではなく、社員が仕事の目的や判断基準を理解できるマニュアルです。
個別対応が多い仕事でも業務標準化はできる
「個別対応が多いからマニュアル化できない」
この考え方には、少し注意が必要です。
たしかに、案件ごとに内容が異なる仕事を、すべて同じ手順に当てはめることはできません。しかし、個別対応やカスタマイズが必要な仕事であっても、基本となる仕事の流れはあります。
たとえば、見積り作成の仕事です。
案件ごとに内容は違います。取引先によって注意点も異なります。けれども、見積り作成の基本的な流れは、大きく変わらないはずです。
たとえば、次のような流れです。
- 先方のニーズを正確に把握する
- そのニーズを満たす解決方法を考える
- 社内のリソースだけで対応できない場合は、協力会社や外注先から見積書を取る
- その見積書を参考にして、会社として必要な利益を算出する
- 原価と利益を踏まえて、最終的に提示する金額と内容を決定する
- 会社所定のフォーマットで見積書を作成する
このように整理すれば、少なくとも仕事の基本的な流れはマニュアルにできます。
つまり、マニュアル作成とは、すべての例外を細かく書き出すことではありません。まずは、共通する業務の流れを見える化することです。
属人化を防ぐには、仕事のルールを言語化する
業務の流れを書き出すと、次に見えてくるのが「会社としてのルール」です。
たとえば、協力会社や外注先から見積書を取る場合、
「必ず複数社に依頼するのか」
「Aの仕事であれば、B社に依頼するのか」
「金額が一定以上の場合は、社長の承認を得るのか」
といった判断基準があります。
ところが、これらのルールが明文化されていない会社は少なくありません。
その結果、ベテラン社員は経験で判断できても、新しく担当になった社員は判断できません。また、前任者から引き継いだ内容が、必ずしも会社の正式なルールとは限らないこともあります。
属人的な仕事が増える原因は、社員の能力不足だけではありません。仕事のルールや判断基準が言語化されていないことにも原因があります。
だからこそ、マニュアル作成は、単に人に仕事を教えるためだけではなく、会社の考え方を社内で共有するためにも有効です。
マニュアル作成は業務改善のきっかけになる
現在行っている仕事の流れが、必ずしもベストであるとは限りません。
たとえば、「Aの仕事であればB社に依頼する」というやり方があるとします。
その理由が、品質、納期、価格、対応力などを踏まえた判断であれば問題ありません。しかし、それが単なる慣習だった場合はどうでしょうか。
もしかすると、B社だけでなくC社にも相談した方が、仕入価格が安く、品質も優れているかもしれません。あるいは、以前はB社が最適だったとしても、現在は別の会社の方が良い条件を出せる可能性もあります。
つまり、マニュアル作成は、今のやり方をそのまま固定化するための作業ではありません。
まずは仕事のやり方を書き出してみる。そして、本当にこのやり方で良いのかを検証する。その過程で、無駄な作業や古い慣習、利益を下げている原因が見えてくることがあります。
マニュアルを作る意義は、業務を整理することだけではありません。仕事のやり方を見直し、業務改善や利益改善につなげることにもあります。
判断基準がズレると、資金繰りにも影響する
中小企業では、経営者が考えている判断基準と、社員が理解している判断基準がズレていることがあります。
実際に、ある会社で前期の売掛金の回収期間が前々期よりも長くなっていたことがありました。そこで調査してみると、次のような認識の違いが判明しました。
社長の認識は「ウチは月末締めの翌月末払いが標準」というものでした。一方、社員の認識は「ウチは月末締めの翌々月末払いが標準」というものでした。
つまり、入金の標準的なタイミングについて、社長と社員の間で一ヵ月のズレがあったのです。
社員が前任者から仕事を引き継いだ際、「翌々月末払いが普通」と教えられていたため、判断基準が違っていました。
このようなズレは、単なる事務処理の問題ではありません。売掛金の回収が一ヵ月遅れれば、資金繰りにも影響します。利益が出ていても、お金が残りにくくなる原因にもなります。
だからこそ、仕事の手順だけでなく、会社としての基準を明確にしておく必要があります。
社員教育に活きるマニュアルには目的がある
マニュアルは、作ることがゴールではありません。大切なのは、マニュアルを通じて、社員が仕事の目的を理解することです。
- なぜこの手順で進めるのか
- なぜこの取引先に確認するのか
- なぜこの金額以上は承認が必要なのか
- なぜ売掛金の回収条件を確認しなければならないのか
このような背景や目的が分かっていれば、社員はマニュアルに書かれていない事案に遭遇した時も、会社の判断基準に沿って考えることができます。
一方で、やり方だけを羅列したマニュアルでは、社員教育の効果は限定的です。手順は覚えても、応用が利かないからです。
社員が自分で判断できる会社にするためには、マニュアルの中に「何をするか」だけでなく、「なぜそうするのか」を入れることが重要です。
中小企業こそマニュアルを経営改善に活かす
中小企業では、限られた人数で多くの仕事を回しているため、どうしても仕事が属人化しやすくなります。
「あの人に聞かないと分からない」
「前任者がそう言っていた」
「昔からこのやり方でやっている」
このような状態が続くと、社員が入れ替わるたびに業務品質が変わります。また、社長や一部のベテラン社員に質問や判断が集中し、会社全体のスピードも落ちてしまいます。
だからこそ、中小企業こそマニュアル作成に取り組む意味があります。
ただし、完璧なマニュアルを最初から作る必要はありません。まずは、よく発生する仕事の流れを書き出すことから始めれば十分です。その上で、判断に迷いやすい点、会社として大切にしている基準、利益や資金繰りに影響するポイントを少しずつ言語化していく。
それだけでも、社員の理解は変わります。
マニュアルは、単なる紙の資料ではありません。作り方や使い方によっては、社員教育のツールにもなり、業務改善のきっかけにもなり、利益改善にもつながります。
面倒くさいからと言って、人の記憶だけに頼っているのは、非常にもったいないことです。
社員が自分で判断できる会社をつくるために、まずは一つの業務から、仕事の流れと判断基準を書き出してみてはいかがでしょうか。
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