知恵の和ノート
「黒牢城」に学ぶ経営者の孤独|社員との信頼関係をどう築くか(第647話)
経営者の孤独は、社員に囲まれていても消えない。だからこそ、信頼と依存を分け、社外の視点を取り入れ、自分の判断基準を日々磨き続けることが必要だ。

中小企業の経営者は、会社の重要な判断を任される一方で、社内に本音で相談できる相手がいないという孤独を抱えがちです。
社員に指示を出しても以前より動きが鈍い。信頼したいのに、心のどこかで疑ってしまう―。 こうした社員との信頼関係の悩みは、組織が変化する過程で、多くの経営者が直面する課題ではないでしょうか。
歴史ミステリー小説『黒牢城』に登場する戦国武将・荒木村重もまた、部下を信じることへの迷いや、周囲に相談相手がいない苦しさを抱えていました。その姿は、会社を守りながら難しい経営判断を続ける現代の中小企業経営者とも重なります。
本記事では、『黒牢城』の荒木村重を手がかりに、経営者はなぜ孤独になるのか、社員の動きが鈍くなる背景には何があるのか、そして社員との信頼関係をどのように築いていけばよいのかを考えます。
あわせて、社内だけでは気づきにくい経営課題に対して、社外の客観的な視点を取り入れる意味についても解説します。
『黒牢城』の荒木村重と中小企業経営者が重なる理由
先週読み終えたのが、米澤穂信さんの歴史ミステリー小説『黒牢城』です。 戦国武将・荒木村重を主人公とする作品で、第166回直木賞を受賞し、映画化もされています。
荒木村重といえば、もともとは織田信長方の武将でありながら、途中で信長に反旗を翻した人物として知られています。
村重が立てこもった有岡城へ、説得のために黒田官兵衛が向かいます。しかし、官兵衛は村重に捕らえられ、その結果、「官兵衛まで信長を裏切ったのではないか」という疑いが生じました。 その影響で、官兵衛の息子まで危うく命を奪われそうになったという話は、歴史上の有名なエピソードです。
『黒牢城』はミステリー小説ですので、ここでは物語の詳細には触れません。 ただ、読み進める中で強く感じたことがあります。
それは、荒木村重が抱えていた悩みと、現代の中小企業経営者が抱える悩みには、重なる部分があるということです。
具体的には、次の3つです。
- 社内に経営者と同じ目線で相談できる相手がいない
- 以前より社員の動きが鈍くなっている
- 部下を信じたいのに、心の底から信用できない
経営者が孤独になるのは、同じ目線の相談相手がいないから
〈賛成してくれる社員と、相談できる社員は違う〉
小説の中で荒木村重は、黒田官兵衛と何度か言葉を交わします。 その中で官兵衛は、村重の周囲には、同じ立場や同じ水準で話ができる相手がいないという趣旨の指摘をします。
これは、中小企業の経営者にも当てはまるのではないでしょうか。
会議で自分の意見に賛成してくれる社員はいても、違う角度から意見を述べたり、判断の前提そのものを問い直したりする社員は、なかなかいません。
経営者からすると、次のように思うことがあります。
「本当にそれでよいのか」
「自分とは違う見方はないのか」
「反対意見があるなら、遠慮せずに言ってほしい」
しかし、社員から見れば、相手は自分の評価や処遇を決める経営者です。 たとえ社長の判断に疑問を感じても、真正面から反対意見を述べることには、大きな心理的負担がかかります。
〈社員に本音を求めるだけでは問題は解決しない〉
経営者が「遠慮せずに何でも言ってほしい」と伝えても、それだけで社員が本音を話せるようになるとは限りません。
社員は、これまでの社長の反応を見ています。
反対意見を歓迎すると言いながら、不機嫌になったことはないか。
失敗を責めないと言いながら、結果が悪かった時に強く叱責したことはないか。
社員が本音を言えるかどうかは、言葉だけではなく、経営者の日頃の態度によって決まります。
それでも、社員と経営者の立場が違う以上、社内だけで完全に対等な相談関係を築くことには限界があります。 だからこそ、経営者には社内とは別に、本音で相談できる相手が必要なのです。
社員の動きが鈍い原因は、能力不足だけではない
〈指示を出しても社員が動かなくなる背景〉
以前は、社長が指示を出せば、社員がすぐに動いていた。 ところが最近は、返事はするものの、行動に移すまでに時間がかかる。
このような変化を感じている経営者も少なくありません。 その原因を、社員の意欲や能力の問題だけで片づけるのは危険です。
社長の判断通りに動いて成果が出ている間は、社員も安心して行動できます。 しかし、経営環境が変わり、想定外の出来事が重なると、社員の受け止め方も変わります。
「前回もうまくいかなかった」
「また途中で方針が変わるのではないか」
「本当にこのまま進めて大丈夫なのか」
こうした疑問が積み重なると、社員は慎重になります。 指示に反対しているわけではなくても、確信を持って動けなくなるのです。
〈経営者の決断に対する納得感が必要〉
荒木村重にとって大きな誤算だったのは、信長に反旗を翻した後、期待していた毛利方からの援軍が来なかったことでした。 当初の前提が崩れれば、部下たちの不安も大きくなります。
これは企業経営でも同じです。 新規事業を始めたものの、期待した売上が上がらない。 新しい取引先との商談が、想定通りに進まない。 採用した人材が、予定していた役割を果たせない。 こうした状況で、経営者が方針だけを繰り返しても、社員の動きは速くなりません。
必要なのは、当初の前提から何が変わったのか、なぜ今もその方針を続けるのかを言葉にして伝えることです。 社員の行動を促すには、指示だけでなく、判断の背景に対する納得感が欠かせません。
社員との信頼関係は、信用するだけでは築けない
〈信じることと依存することを混同しない〉
人間関係では、こちらが相手を信じなければ、相手からも信頼されにくくなります。 一方で、こちらが信じたからといって、相手が必ず期待に応えてくれるとは限りません。
信頼していた社員が突然退職することもあります。 重要な情報を共有していた社員が、その情報を十分に引き継がないまま辞めることもあります。
経営者にとって大切なのは、社員を信頼しながらも、特定の人に依存しすぎないことです。 社員を疑うことと、会社として備えることは同じではありません。
担当者が不在でも業務が止まらない仕組みをつくる。
顧客情報や判断基準を共有する。
重要な仕事を一人だけに任せない。
こうした備えは、社員を信用していないから行うのではありません。 会社と社員の双方を守るために必要な経営上の準備です。
〈経営者自身の過去が判断に影響する〉
『黒牢城』の荒木村重は、かつて自分が仕えていた武将を追いやり、現在の地位を築いたという経緯を持っています。 もちろん、そこには村重なりの事情や理由がありました。
しかし、自分自身が主君を離れた経験を持つからこそ、部下もまた自分を裏切るのではないかという疑念が生まれます。
会社経営でも、過去の経験が現在の人間関係に影響することがあります。
以前、社員に裏切られた。
信頼して仕事を任せた結果、大きな損失が出た。
期待して育てた人材が、競合会社へ転職した。
こうした経験をすると、次の社員に仕事を任せることが怖くなります。 しかし、過去の出来事を基準にして、すべての社員を疑っていては、組織は育ちません。 必要なのは、感情を無理に消すことではなく、過去の経験が現在の判断にどのような影響を与えているかを自覚することです。
経営者と社員では、見えている景色が違う
経営者がどれほど社員のことを思っていても、その思いがそのまま伝わるとは限りません。
経営者は、会社全体の売上や利益、資金繰り、将来の事業展開を見ています。 一方、社員は、自分の担当業務や職場環境、評価、給与、働きやすさなどを中心に見ています。
どちらが正しい、間違っているという話ではありません。 立場が違えば、見えている景色や優先順位も変わるということです。
経営者が「会社を守るために必要な決断だ」と考えていても、社員には「現場の事情を無視した指示」に見えることがあります。 反対に、社員が「現場を守るために必要だ」と考えていることが、経営者には「部分最適の主張」に見えることもあります。
この違いを放置すると、経営者は「社員は分かってくれない」と感じ、社員は「社長は現場を分かっていない」と感じます。 社員との信頼関係を築くには、双方の立場の違いを前提として、繰り返し対話を重ねることが必要です。
経営者の孤独を解消するには、社外の視点が必要
〈社内だけでは経営者に異論を伝えにくい〉
『黒牢城』では、荒木村重と黒田官兵衛との問答が、物語の重要な軸になっています。 官兵衛は村重の家臣ではありません。 だからこそ、家臣たちとは違う立場から、村重の考えや判断を問い直すことができます。
企業経営でも、経営者の判断を客観的に見てもらうには、社外の目を入れることが有効です。
社員は、経営者の顔色や社内での立場を気にします。 「社長の指示は間違っている」と感じても、退職を覚悟してまで意見を述べる社員は多くありません。 また、同じ会社で働いていると、社員も社内の常識や過去の成功体験に影響されます。
その結果、経営者も社員も、同じ前提の中で考え続けてしまうことがあります。
〈社外の相談相手は答えを決める人ではない〉
社外の専門家や相談相手を持つ目的は、経営判断を代わりに決めてもらうことではありません。 経営者の考えを言葉にし、別の視点から問い直してもらうことに意味があります。
「なぜ、その方針を続けるのか」
「当初の前提は、今も変わっていないか」
「社員は、その判断をどのように受け止めているか」
「その仕事が特定の社員に依存していないか」
こうした問いを受けることで、自分一人では気づかなかった思い込みや判断の偏りが見えてきます。
経営者に必要なのは、自分の意見に賛成してくれる人ではありません。 異なる視点を示しながらも、最終的な決断は経営者自身に委ねてくれる相手です。
社員との関係を決めるのは、経営者自身の判断基準
戦国武将にとって、領土と領民を守ることは、主君に課せられた重要な役割でした。そのうえで、さらに領土を広げるのか、天下統一を目指すのかは、本人の選択です。
現代の経営者にとっては、会社を維持し、事業を継続することが基本的な役割です。 そのうえで、社員を増やして組織を拡大するのか、少人数で高い生産性を目指すのか、外部の人材やAIを活用するのかは、経営者自身が決めることです。
大切なのは、人の基準や世間の常識だけに合わせるのではなく、自分の判断基準を明確にすることです。
何を実現したいのか。
会社をどの程度まで成長させたいのか。
社員に何を任せ、どの仕事は自分が担うのか。
どのような関係を社員と築きたいのか。
「何を、どこまで、どうしたいのか」が曖昧なままでは、社員との信頼関係も安定しません。 経営者自身の考えが定まっていなければ、社員も何を信じて動けばよいのか分からないからです。
経営者の孤独と向き合うことが、強い組織づくりにつながる
『黒牢城』は、最後に「なるほど、そう来たか」と思わせる結末を迎えます。
荒木村重は、戦という結果だけを見れば、勝者とはいえないかもしれません。 それでも、黒田官兵衛との問答を通じて、自分が何を守り、どのような筋を通すのかを見定めていったように感じます。
経営者もまた、すべての社員から理解され、すべての判断を正解にすることはできません。 人の感情を100%コントロールすることも、信頼していた社員の退職を完全に防ぐことも不可能です。
だからこそ、社員を信頼しながらも依存しすぎない仕組みをつくる。 社員の動きが鈍い時には、能力や意欲だけを責めず、判断の前提や納得感を確認する。 そして、社内に相談相手がいない時には、社外の客観的な視点を取り入れる。
経営者の孤独は、完全になくすことはできません。 しかし、一人だけで抱え込まず、自分の判断を問い直せる環境をつくることはできます。 そのうえで、自分の基準を軸に、会社や社員とどのような関係を築くのかを決めていく。
それが、経営者の孤独と向き合いながら、社員との信頼関係を築き、変化に強い組織をつくる第一歩ではないでしょうか。
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